久々に徳島に行ってきました。高速道路の休日上限設定もなくなるし、と車で。
ダンナの仕事が終わってから、ワクワクの鴨島「スタジオ・P」へ!
だって、「出張お茶サービス社」のワゴンが来てる!
ダンナの顔を見ると、さすらいのお茶職人Wさん、「たるみましたね。」
強烈な一発でお出迎え。「2年ぶりですねー」
そうか、2年かぁ。あの時は夜にお邪魔したな。
そのころはなかった「出張お茶サービス社」のHPが、今はちゃんとあります。
ついったーもされてる。今は広島でせっせとお茶を入れておられる。
「出張お茶サービス社」のサイト
今回は、どんなお茶を入れてもらおうかなぁ・・・と考えながらワゴンの中のWさんと向き合うと
出てきた言葉が「最近、バネ指で・・・」
Wさん、「バネ指は、自律神経の関係が深いので、」と、せんじてくださったのが、
ラズベリー
ローズマリー
ブルーベリー
矢車菊
レモングラス
フェンネル
ホルモンバランスの調整にもよいとか。特にラズベリーは子宮まわり等婦人病によいらしく、
ちょっと続けてみようかな、って思う。
で、昨日ハーブの種を三種(レモングラス、ローズマリー、カモミール)を
買ってしまった私。お茶にするには、かなりの時間を要するな。
めでたく収穫できるまでは、ハーブリーフを求めてネットサーフィンの毎日です。
今住んでいる近所の数少ない欠点として、本屋さんの充実度があります。
大手の本屋がなく、個人経営、地域密着チェーン店ががんばっている、
という意味では、長所なのかもしれないけれど、
書籍業界の悪循環なのだろうか、新刊(超話題作は除く)やピンポイント的マニアックな本が
手に入らない。
ブック・○ーストが駅中にできてしまうと、これらの本屋さんは大打撃を受けること
まちがいないので、これも困るなぁ、と矛盾の渦の中にいる。
で、結局梅田に出たときに大手書店で買うか、Amazonで、ってことになるのだけど、
Amazonって、箱さえ小さければなぁ、と、まあ世の中完璧なものを求めても
神経症に陥るだけなので、これも抑える。
で、再読というのをしばらくしています。一度読んだ本の読み返し。
まあ、なんでしょう、何でこんなに何も覚えてないんでしょう。生きてきた中で
けっこうな時間を費やした読書。その時間はなんだったのでしょう、と嘆く。
でも、嘆いているだけでもない。あの時、この本を読んで、確か泣いたっけ、とか
いろんな個人的な悩みがすーっと消えたっけ、っていう思い入れのある本は
再読するのを意図的に避けていたのだけれど、いろいろきっかけがあって
読み直してみると、これはこれで面白い(InterestingでもありFunnyでもあり)。
なぜ、誰一人共感できない人間が登場する「ノルウェイの森」で私は泣いたのか。
独りよがりの頭のねじの切れた(アメリカ的)団塊世代の男の、核パラノイアな半生記
「ニュークリア・エイジ」が、個人的な私の悩みを一掃したのか。
本を読む、という行為は、映画なんかに比べてとても能動的だ。
与えられる情報が圧倒的に少なく、己の頭の中で、物語をよみ砕いたり
再構築したり、不安定な映像化までも行わなければならない。
だから、同じ感じ方を、長い時間隔ててする、っていうほうが、
おかしいような気がする。
直子(ノルウェイの森の登場人物)の死に対して、確か当時も厭な感情を
もった気もする。でも、涙したのはなぜだろう。
ただただ、毎日を生きてきた中で、何も変わらないものは何一つなく
ささやかささやかに変わっていく。
子供がいればもっと実感できたのかもしれないけれど、
かといって、それは自分の変化ではない。
いろんな人と出会って、いろんな人と別れた。
そんな風に、いろんな本に出会っていった。
人と再会したり、本を再読したり、懐かしんだり、新しく感じたり、
そのことの意味を、ゆっくりと考える時間があったような気がするけど、
まだうまくできていない。
3箇所(大阪天満橋、神戸のJR住吉、三宮)で同時開催なのですが、
大阪に用事があったので、天満橋へ。
府庁の職員やサラリーマン、OLがにぎわうお昼時でしたが、
展示場所の「on the books」は、そういった喧騒からふっと隔絶された、
不思議なスペース。
アート・建築・旅行関係の古本屋さんなのですが、普通の本もあったり、
雑貨もおいてあったりで、いつまででもいたくなるスペース。
麦さんの絵と、武内さんの言葉が、からみあったり、すうーっと離れたり、
また近づいたり。
展示作品を製本したものが販売されていましたので購入。
寝床の中で眺めたりしています。
今週の日曜日までだそうです。
詳しくは、こちらから。
見終わってから、近くの「大乃や」で、気になっていたカレーを食べました。
ひとりご飯できるまでになったなぁ、と思いにふけるのでした。
あ、ここのHPすごいですが、お店の人たちは暖かくて、ひとり女子でも
気兼ねせずにお食事できます(お昼は)。
思わずバスに飛び乗りました。
行き先は、「ふるさとの森」。
もちろんそこで生まれたわけではないけれど、そこには昔、森にはないものが
立ち並び、人々を熱狂させ、夢を見させたものがあった。そしてその後、その場所は
私の近くに常にあることが当たり前で、その結果人生のいくつかの場面をそこで過ごしてきた。
そこが森になっている。時折、何の気負いなくたずねることができる。
でも、あれかな、「ふるさと」に帰るって、気負うものなのかな。私はふるさとがないから
よくわからない。
相変わらず、巨大な望遠レンズと三脚を担ぎ歩く、若くはない人々が
群れをなす。この人たちが、「お金を持っている」最後の世代かもしれない、
などと思いながら、少しシャッターを押す。
さっさと、梅林撮影ラッシュアワーから抜け出し、前から入ってみたかった
足湯へ。ここの足湯は温泉ではなく、伐採材をもやして沸かしているという。
去年の夏の「羽合温泉」ほどの衝撃はもちろんないけれど、少し肌寒くなってきた午後の
薄い日差しの中で、気持ちをほんのり暖める。
自分の変化を、過大にも過小にも受け止めず、っていうのは難しい。
期待があり、絶望がある。
そんなとき、こんなような場所と時間があったことが、ありがたかったりする。
一日一日をちょっと離れたところから眺めてみたい。
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